衣をまとわせ揚げながらも油を一切感じさせない
〝江戸前〟をさらに進化させた、新時代の天ぷら
江戸時代、庶民の味として誕生し、日本におけるファストフードのルーツともいわれる天ぷら。時代とともに天ぷらの味は大きく変化し、以前はごま油で揚げるどっしり重めの“江戸前”が定番だったが、最近では油切れがよく、さくっと軽さが特徴の天ぷらが主流となりつつある。東京・日本橋人形町にある「日本橋 蕎ノ字」は、まさにそうしたトレンドの牽引者だ。コーン油をメインに、素材に合わせてごま油の比率を調整しながら揚げる天ぷらは、口にした瞬間、油を一切感じることがない。衣をまとわせ、油で丁寧に揚げることで、素材の持つ五味を極限まで引き出した天ぷらは、この店の真骨頂だ。
2016年10月に静岡県島田市から東京に進出。島田で店を開いていた時と同様、「天ぷら食って蕎麦で〆る」をコンセプトに、コースの締めには店主・鈴木利幸さんが自ら打った手打ち蕎麦が提供される。そして2018年には開店3年目にしてミシュラン1つ星を獲得。今では都内屈指の「予約が取れない人気店」だ。
「日本橋 蕎ノ字」の特徴は、鈴木さんの故郷である静岡産の素材にこだわること。駿河湾でとれた海の幸と、富士山の麓で収穫された野菜を使い、その素材感を最大限活かした天ぷらを揚げる。そこに込められるのは、地元愛だけではない。伝統と挑戦、保守と革新。変えてはならないものと、変えるべきものを見定め、頑固なまでに静岡産の素材にこだわりながらも、新しい天ぷらの領域に常にチャレンジし続けている。
店主は、「天ぷらは見た目以上に繊細な料理。素材の仕込みから油の温度、鍋のサイズ、火力、その日の温度や湿度、さまざまなことを完璧に計算し尽くさなければ、最高の天ぷらは作れません。すべての要素がピタッと重なる瞬間を、1点に絞り込んでいく。無数の点を重ね合わせ、満足いく天ぷらを確実に揚げ続けることが出来なければ、怖くてとてもカウンターには立てません」と話す。