鮨は日本が誇る伝統の食文化
だからこそ甘んじることなく、進化させていくのが鮨職人の使命
その挑戦の一つが鮨×酒=新しい味
江戸時代の後期、18世紀に入り町人文化が栄えた時期に江戸で生まれた握り鮨。屋台から始まったが、新鮮なネタを使い、目の前で即席で握る鮨は江戸っ子の気風に合ったようで、庶民的な店から高級店まで急速に増えたと言われている。そして200年を経た現在では、日本だけでなく、世界でも人気のジャンルとなっている。
鮨店の中には予約至難の人気店も多いが、中でも群を抜いているのが2006年に東京・四谷に店を構えた『鮨 三谷』だ。店主の三谷康彦さんは顧客一人ひとりの好みやその時々の体調にも心を配る丁寧なもてなしを信条にしている。料理や握りが美味しいのは言わずもがな。それ以上に、店の設えや道具、器、そしてお酒の提供の仕方など「美味しいもので理(ことわり)を奏でるのが料理人。そして、伝統を継続させるためには変わり続けていかなければならない」と、常に視座を高く持ち学びと研究を続けるその姿で飲食業界でも一目置かれる存在になっている。
鮨と酒のマリアージュを業界に先駆けて提案したのも三谷さんだ。今でこそペアリングコースというのが当たり前になっているが、三谷さんが始めた10数年前は、フレンチなど洋食の世界でも1品に1グラスというペアリングはほぼ見られなかった。それだけに大変話題になり、後を追いかける人が徐々に増えていった。三谷さんは飲食業界に一つの歴史を残した人物と言っても過言ではない。
三谷さんは、マリアージュのコースを提供するようになったきっかけについて「鮨は日本が誇る伝統の食文化と思っていたけれど、ただ伝統を守っていくだけでは文化は続かないという危機感を感じたから」と話す。「歴史を学んでいて気がついたのですが、時代が進化しているのはよりよいものを目指して変化し続けているからこそ。変化がなければどんなによいものも、ひとときの輝きとして歴史に名は残せたとしても継承は難しい。鮨職人の仕事も鮨だけでは限界があります。よい文化として継承していくには変化がなければいけません」。そこで考えた変化の一つが、つまみや握りひとつ一つに違うお酒をマリアージュさせるという挑戦だった。